2025年4月1日
関西外国語大学教授 新井肇先生 のコラムを掲載しました。
きらり☆彡質問箱
―心の危機と向き合う生徒指導・教育相談のために―
【第1回 相談内容】(2025年4月1日)
生徒指導は「生徒理解に始まり、生徒理解に終わる」と言われますが、最近の中学生は、なかなか自分のことを話してくれません。思春期の不安定な心の危機のサインに気づき、適切な対応をしていくために、どのようなことに気をつけて生徒理解を進めればよいのか、悩んでいます。(中学校教員、30代、男性)
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児童生徒が危機に陥ったときに、自ら「困った、助けて」と言える「相談する力」を身に付けることが大切なことは言うまでもありませんが、追いつめられて「心理的視野狭窄」(何か一つの考えにとらわれてしまい、周囲の事柄に考えが及ばなくなる心理的状態)に陥ってしまうと、「困った、助けて」と自ら援助を求めることができなくなってしまうことも少なくありません。特に、それまでの経験により、大人への信頼感を抱くことができずにいる児童生徒は、教職員に悩みを打ち明けることに抵抗感を抱きがちです。 また、発達段階や心理的特性から、自分が「困った」状態にあることを自覚できなかったり、自分の内面の動きを言語化することが難しかったりする場合もあります。
したがって、学校においては、児童生徒が「困った」と言えるチャンネルをできるだけ多く用意するととともに、日々の健康観察や定期的な教育相談、生活アンケートなどを通じて、教職員一人ひとりが児童生徒の些細な変化に気づき、「困った」状況にあることを察知するための感度を高めることが求められます。また、一人の見方には限界があるので、多角的な視点から変化を察知できるような体制を築くことも大切です。
児童生徒の心の危機のサインに気づくには、第一に、表面的な言動だけにとらわれず、ときには、笑顔の奥にある絶望を見抜くことも必要です。言葉の向こうにあるもの(例えば、言葉では「大丈夫」と言いながら唇を噛んでいる等)に思いを巡らせたり、言葉にならない「ことば」(例えば、周囲から見ると「困った」行動や身体の不調によって心の揺らぎや不安を表す等)を聴こうとしたりする姿勢が必要です。
また、校内を回って落書きや壊された物を見つけたり、校外に出向いて児童生徒を取り巻く環境を直に感じたりする足でかせぐ情報収集も重要です。なお、危機は子どもであればそれほどめずらしい変化ではないと思われる現れ方をする場合もあるので、見逃し を防ぐために大切なことは、その児童生徒の日常をしっかりと見て総合的に判断することです。児童生徒の表情や素振り、学級の雰囲気から些細な変化を察知し、少しでも違和感を覚えたら、正常性バイアス(予期しない事態に直面した際、先入観や思い込みが働き、事態を正常な範囲内と自動的に考えてしまう心理的過誤)に陥らず、「大丈夫だろう」ではなく「もしかしたら」と、気になることを過小評価しないことが肝要です。
思春期には、厚い壁を自分の回りにめぐらして、内面の葛藤や悩みは誰にも話せないと過度に意識し、自分だけの世界に閉じこもってしまうこともあります。周囲の大人は、「何を考えているのかわからない」とつながりを切ってしまいがちですが、そのような心理状態に陥ったときが最も危険な状態であることを心にとめておくことも必要です。
心の危機に気づくルートは、①本人の訴え、②担任による発見、 ③担任以外からの情報提供(他の教職員、養護教諭、事務職員、本人以外の児童生徒、保護者、地域の人たち、関係機関など)に大別されます。多面的な情報をつき合わせて全体像を把握し、適切に対応するためには、様々な視点から危機のサインに気づくことのできる協働的な指導・相談体制が築かれているかどうかが重要です。
加えて、「困った」と言ってくるのを待つのではなく、こちらから児童生徒自身が感じている こと、思っていることを表現する機会を設けて、自分のなかにため込んでいる感情や鬱積した苛立ちを外に表出するように働きかけることが求められます。その際、言葉や文字だけでなく、絵画や身体表現、さらには、ICTを活用したツールを介した取組なども考えられます。相談週間や生活アンケートなどを実施したり、気持ちの状態・変化を可視化する機能を備えたアプリを活用したりして、悩みや不安を訴える機会をできるだけ用意することによって、心の危機にいち早く気づくことが可能になります。そこで得られたデータを学校全体で共有することにより、学級担任の決めつけや思い込みで、児童生徒が発信している心の危機のサインを見落としたり、一人で抱え込んで適切に対応できなかったりするリスクを防ぐことにもつながると思われます。
また、心の危機のサインが、遅刻や欠席の増加、学業不振や乱暴な言動として表出されることもあります。人が抱えている問題は、その人が暮らしている生活環境における様々な要因が複雑に絡み合った結果生じるものだという視点に立って、心の危機のサインについても、「なぜ、そのような行動をするのか」ということを「個と環境の相互作用」に焦点をあてて検討することが求められます。できれば、教員だけでなく、スクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカー等が参加した「ケース会議」を開催し、包括的な視点からのアセスメント行うことで、その児童生徒の心の危機を生み出す課題を幅広く、かつ深く理解し、その児童生徒にとっての最善を目指すチーム 支援が可能になると思われます。
さらに、最近では、SNSを介したインターネット上の誹謗中傷、仲間外しなど、表に出にくく認知することが難しい問題も増えています。学校全体で心の危機に気づく努力を進めるとともに、必要に応じて関係機関や家庭と連携をとりながら対処することが求められます。そのためには、「子どもの危機は社会の問題」という認識を共有し、関係する者同士が日頃からコミュニケーションを密接にとり合い、お互いの専門性を相互理解し、相互尊重の姿勢で手を携えることが大切です。
もう一つ大切なことは、教職員同士が、それぞれの役割や個性を理解し、強みを生かして弱みを補う協力関係を日頃から築いておくことです。組織が真に機能するためには、「メンバーの全員が、発言することに対して恐怖や不安を感じていない状態」、つまり、「無知、無能、否定的、邪魔だと思われる可能性のある言動をしても、このチームなら大丈夫だ」という「心理的安全性」(E.C.エドモンドソン,2021*)が確保されていることが不可欠です。心理的安全性が十分に高く、どの立場の、どの年齢のメンバーも安心して弱音を吐いたり、自由に意見を出したりすることができれば、空振りを恐れることなく心の危機につながる些細な変化を察知し、チームとして実効的に対応することが可能になるのではないでしょうか。
* エイミー・C・エドモンドソン(著) 村瀬俊朗・野津智子 (翻訳)『恐れのない組織―「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす―』 (2021,英治出版)
回答者: 新井 肇(関西外国語大学外国語学部教授)
